かけがえのない、大切な… -「アタラカの星」より-
「アタラカの星」、下地勇さんの新曲のタイトル。
ええ、趣味の話で申し訳ない。
しかし、このお方の歌を聴くようになってから、長いこと意味の分からなかった方言がやっと理解でき、新しい語彙に出会い、方言と日本古語の関連を発見し…と、楽しくて仕方がない。ある意味、恩人です。
初めての曲を聴くときは、まずは歌詞を見ずに、リスニングテスト状態。多分眉間に皺寄っているはず。音楽はリラックスして聞こうさ、私。
えー、解説によると、「アタラカ」は「かけがえのない」という意味だそうです。
…勉強になるな。もうそれだけで。すみません、知らない言葉でしたっ。
まあそんな訳で、いろいろ調べてみたわけです。さあ、本題本題!
古語の「あらた」と「あたら」
現代語の「あたらしい(新しい)」という形容詞は、古語では「あらたし」である。
古語辞典の解説によると、「『あらたし』が中古以降、音変化を起こして(『ら』と『た』が逆になって)『あたらし』の形が生まれ、『あたらし』に統合されていった。」とのことである。
今でいう、「ふんいき(雰囲気)」を「ふいんき」と言ってしまったり、外来語の「シミュレーション(simuration)」を「シュミレーション」と書いてしまったりする混乱が、そのまま定着してしまったような感じである。
古語には「あたらし」という、別の意味の形容詞があるのだ。
漢字を充てると「惜し・可惜し」。辞書に載っている意味は、漢字の通り「惜しい」、そして「もったいない」である。
ちなみに、現代語の「惜しい」に繋がる「をし」という形容詞もあって、辞書の説明によると、自分のことについていう場合に「をし」を、外から客観的に見た気持ちに「あたらし」を、と、主観・客観で使い分けていたそうである。
「あたらし」が「新」の意味に取って代わったため、現代語には「をし→おしい」が残った。
先述の歌詞の中には「アタラス」という、古語ほぼそのままの形容詞形も出てくる。そういえば、この語形なら他の曲でも見たことあるなぁ。
また、辞書にはこの語の語幹となる「あたら(惜、可惜)」と言う語(連体詞または副詞;辞書により解釈が分かれる)もある。「アタラカ」はこの語幹「あたら」に状態・性質の接尾語「か」がついた形、と説明ができる。
「惜しい」ということと、「かけがえのない」こと
古語辞典で解説される「あたら」には「惜しい、もったいない、せっかくの」と意味があり「立派なものに対し、その価値相当に扱われないことを残念だという感情を表す」と説明がある。
また、「あたらし」の意味も、先述の通り「惜しい、もったいない」という意味である。
一方、方言のほうの意味も、辞書やネットで検索できる使用例を見ると、
「アタラス」には「愛しい」「かわいい」「大切な」、
「アタラカ」には「もったいない」「惜しい」「大切に」という意味が添えられている。
古語の意味がほぼそのまま。
ちなみに「あたら」と「あらた」の混乱が起きたのは中古以降、つまり平安遷都以降である。けっこう古い。1200年以上前である。
それだけ昔の言葉が、方言には残っているということだ。これは凄い!
沖縄本島の方言でも副詞「アタラ」、形容詞「アタラサン」という語形でで残っている。
- アタラ(副詞) … あたら。惜しくも。
- アタラサン(形容詞) … 大事である。手離せない。もったいない。惜しい。
(本島中南部方言の形容詞の語尾は「-サン」、おなじみ「ちゅらさん」も「清ら+さん」)
余談:方言で「新しい」は
「アタラ」が「新」の意味ではなく、古語の「惜し」の意味を保っているとなれば、当然のように(?)こっちも気になってくる。
はい、というわけで調べてみました。
- ミス゚–[miz:–]、ミス゚ーミス゚[miz:–miz]
-
単体では名詞を修飾する接頭語となり、「ミス゚ーミス゚」と繰り返して使うときは形容詞となるようだ。
「みずみずしい」なのかとも思ったが、使用例を見る限り、「新しいもの」をあらわす接頭語「にい(古語では『にひ』と表記)」を元とする方が良い感じがする。
ミス゚ヤー(新居)、ミス゚ンマリ(新生児)など(与那覇ユヌス版『宮古スマフツ辞典』による)。「アタラカの星」の歌詞中にも「新世(ミス゚ユー[miz-ju:])」とある。
音韻的にも、m↔nの子音交替(各地の方言含め日本語全般でよく起こる現象)、および宮古方言の特徴であるイ段音の舌先母音化(/ i / ↔ / ï /;実際の発音は/ z /に近い)、で説明がつく。 - アラカス゚ [arakaz]
- こちらは、宮古方言の形容詞に一般的に見られるという、「形容詞語幹+く+有り」の形、で説明がつくと思う。但し「あらたし」の語幹は「あらた」なので、最後の「た」の音が欠落していることについては、…え~…わからんので、誰か説明してください(半端だなオイ)。
だそうです。
良いい言葉じゃないですか! 「愛しい」「大切な」「もったいない」…。
これこそ「アタラカ」な言葉よ。残していきたいですよね。
う~ん、勉強になるな~。きっかけがあるってありがたいな。
手元に広げた資料の多さに(=方言に関する知識の少なさに)、私ゃ本当に宮古人かと、思わずため息をついてしまいましたが…。
でも勉強してでも知りたいよ、ふるさとの言葉!
- 「琉球語音声データベース」琉球大学・沖縄言語研究センター
- 「goo辞書」の国語辞典(三省堂提供『大辞林 第二版』)
- 『学研全訳古語辞典』 金田一春彦 監修, 2003年(学研)
- 『沖縄の言葉と歴史』 外間守善 著, 2000年(中公文庫)
- 『宮古スマフツ辞典』与那覇ユヌス 著, 2003年(たぶん自費出版)
- CDs 『アタラカの星』 下地勇, 2006年
2007年3月16日 タイトル変更
この記事へのコメント
か○先輩こんばんは。宮古出身のクミコです。
宮古の方言について検索して、ふむふむと読んで、ふと見たら、
か○先輩のブログだったのでびっくりしました。
すごく詳しくてわかりやすかったです。
方言の勉強になりました。ありがとうございます。
えー!エジプトで!!
ネコの方言「マユ」は、中国語での猫「マオ [mao] 」と関連があるのかなーと、
漠然とと思っていたけれど、エジプトの猫の神様の名前に似ているとはびっくり。
あ、でもね、でもね!!
日本の狛犬(こまいぬ)や、沖縄のシーサーの起源は、似たような文化がアジアを通じてあって、エジプトのスフィンクスまで辿れるっていうから、ネコだって、ひょっとしたら、そういうつながりがあるかもね!
興味深い情報アリガトです!
おごえ、なっつかしい、寮の合図よ。
今もあんのかな、あれ。
どうもありがとう。参考になったなら、なお幸いです。
宮古脱出(逃亡)大作戦して行った本島の高校に行ったはずだったのに、
今になって宮古が「あたらか」になって、書き始めたブログです。
旧知の人に見てもらうのも、照れくさいような、嬉しいような。・・・。
しょっちゅう文章を入れ替えるからいけないのね。
こんな事話せるのは貴女しか居ない訳で~
あのさ~先日TVを見てたんだけど
エジプトにネコの神様がいるんだけど「マウ」と言うんだって
沖縄の「マヤ~」や宮古島の「マユ」と発音も
ネコと言う、意味もそのままだし~不思議だよね!