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方言研究のこと、ブログのこと、これからのこと

カテゴリ : このblogについて

宮古の方言について調べ始めてから、いつの間にか10年あまりの月日が流れているということに、最近気がつきました。初めて買った言語学雑誌の発行年が2002年。当時、沖縄の日本復帰30年ということで沖縄方言の特集が組まれていたものでした。確かその翌年に、バックナンバーで入手したのだと記憶していますが…。

そして、このブログを始めたのが2006年なので、これもまた8年目になります。
宮古の方言について検索すると、思いがけずこの「あっがいたんでぃ!」の記事が検索上位に出てくることが多く、そのたびに複雑な気持ちにります。喜ぶべきか、嘆くべきか。

何しろ、わたしはまったくもって、言語学の専門家ではないのです。書店で手に入る言語学の本や、インターネット上を検索して手に入れられる、宮古方言に関する短い論文をいくつか読んで、それを参考にしながら方言に対する自分なりの謎解きをしているのが、このブログです。
ここにアップする記事をつくる際には、日常生活の合間に手元に入れられる限りの資料、調べられる限りのウェブサイトの情報をすりあわせ、整理し、考えながら文章を書いています。それゆえ、時間とエネルギーを浪費するわりに、きちんと結論を出せていない記事も多くあります(というか、ほとんどがまとまっていない)。

見つけ次第修正するようにはしているものの、すべての記事に対してきちんと見直しができているわけではありません。初期の頃の記事はとくに、文章を書き慣れていない頃だから、あまりのぎこちなさに直視できず、検証は疎かです。それこそ怪しい部分なのに。それが検索結果の上位に表示されると、本当に申し訳ない気持ちになります。

それだけ、宮古の方言に関する他の情報源が少ない、ということの現れでもあるかもしれません。しかしそれに反して、宮古方言に興味を持つ人は多い、あるいは増えているのではないかと思います。

2000年代に入ってから、宮古ふつメールマガジン「くまから・かまから」が発行されるようになり(2001年~)、2002年には宮古のカルチャー本『読めば宮古』が刊行、数年後に続編の『書けば宮古』、また、方言で歌う下地勇さんのメジャーデビュー。島内の道路沿いには方言で書かれた交通標語が増えたり、宮古テレビでの冴子おばぁの活躍したり。さらに昨今は、宮古方言ラジオ体操、宮古方言スピードラーニング、といったおみやげDVDまで出てきました。こんなに宮古方言がもりあがる日が来るとは、90年代には考えもしなかったこと。

ならば、より正確な知識をきちんと教えられる本やウェブサイトが必要なのではないか、と思います。私という非専門家の記したブログが頼られてしまっていて良いのか。私の書いたことは、きちんとした学術機関で専門的に学び研究・調査している方々が見たら眉をしかめるような内容ではないか。そう考えては、いつもビクビクしています。

いま、私はまだ勉強中の身です。仕事と日常生活に飲み込まれながら、細々と続けています。

このブログを通してありがたい出会いがあり、新里教室(宮古方言研究会)で月に一度、宮古方言を言語学の視点から解説してくださる師匠・新里博先生goの元で学ぶようになってから、もう6年半以上が経ちました。言語学についても宮古方言についても、独学では理解しきれなかった部分をきちんと整理し解説していただいています。新里先生から学んだことを、私はちゃんと記事に生かせているのか、私が書くことの不正確さのために先生の研究成果の信憑性まで落としてしまっていないか。これまたビクビクしながら書いています。

このブログを読んで下さっているみなさま。昨今は、こんな理由でブログの更新を滞らせておりました。ウェブという、世界中から誰もが見られる場所へ載せる文章に、私はどこまで責任を持てるだろう、と日々考えています。

このブログの運用自体を続けるべきかどうか、何度も悩みました。

それでも、宮古方言に関して自分なりに考えること、伝えたいことがまだまだあり、続けています。1人でも多くの人が宮古の方言に興味を持ってくれたら。ちゃんと研究したい、と思う若い人が出てきてくれたら。私のブログは、検索結果ではなく、その次へつながるきっかけであってほしいと願っています。

私の夢は、昔うちの祖母たちがやっていたように、私も歳をとったら、じじばば仲間であつまって、方言で昼中おしゃべりして過ごすこと。宮古方言に関しては実は、研究者になりたいというより、一生の話し手となりたい、というのが本音です。だから、方言での話し相手もたくさん増えてほしい。そのために宮古方言を研究し、継承し広めてゆける仕組みを作りたい。そういうふうに、考えています。

さしあたって、私がこれからやりたいことは、メジャーな学術機関(島外出身の研究者が多い)で宮古方言に関して一般的にいわれていることと、新里先生の論(宮古出身者としての研究)との間にある溝を埋めること(もちろん、私の立場は新里先生寄りです)。
宮古方言の下位分類、オ段音のこと、動詞の終止形のこと…等々。どのようなものの見方をして、そう解釈されたのか。

きっとまた日常生活に飲み込まれながら、時々なにかのはずみで発起して記事を更新する、ということをこれからも繰り返していくのだと思います。最低でも年に2回ぐらいはブログを更新できるように頑張ります。その間ももちろん、ちゃんと勉強し続けていきます。

新しい記事を更新するたびに、自信を持てるように。より信頼してもらえるように。

Motoca


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Posted by Motoca at 2013年07月26日 05:25
コメント(1) | | カテゴリ:このblogについて

この記事へのコメント

はじめまして。
先日、「スケッチ オブ ミャーク」という映画を拝見しました。
私の名字は「宮古」です。
青森県南部の出身です。
村にはたくさん「宮古」さんがいます。
祖先は岩手の宮古から移動してきたのではないかといいます。
潮の流れで、沖縄の宮古から岩手までの移動は可能なような気がしています。
アイヌの方々も本当は東北にいたのに、攻められながら北海道に移動したのではないかという話も聞きました。
「ユネーク」について映画をみてから興味がわき、こちらのサイトに
たどり着きました。
興味ふかくたのしく拝見しています。
またうかがいます。
Posted by 北のミャーク at 2013年11月05日 00:43

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