琉球語パラドックス(試論)

Motoca

2006年06月11日 11:40

琉球語(琉球方言)は、一般に、次のように分類される。

北琉球方言
  • 奄美方言
  • 沖縄北部方言
  • 沖縄南部方言
南琉球方言
  • 宮古方言
  • 八重山方言
  • 与那国方言

「うちなー口」として一般に紹介される「沖縄本島南部方言」は北琉球方言、我らが「宮古方言」と隣の「八重山方言」は、ともに南琉球方言に分類される。
さて、これは「沖縄方言研究者には常識」級の分類ですが、例外とも言える現象に出会うことがあるのです…。

バガージマヌパナス』という本がある。
池上永一さんがファンタジーノベル大賞を受賞して作家として世に出た作品である。

さて、この本のタイトルは、「八重山方言で『私の島の話』という意味である」と解説されている。
同族の宮古方言の感覚で見ても、ああ確かに、「バ(我)ガー(助詞「が(の)」)ジマ(島)ヌ(助詞「の」)パナス(話)」となるなあ、と、品詞分解できてしまう。

宮古方言だと「バンタ ガ スマ ヌ パナス」となるはずだ。

そこで、「あれ?」と思ったことがある。
宮古方言では普通、所有を表す場合は、人称代名詞は複数形になる。
上の例だと「バンタ ガ(我らが、私たちの)島」だし、「彼の家」というのも「カイタ ガ ヤー(彼らの家)」という言い方をする。
複数形にするのは、島に住む人全てを所有者とする考えだったり、家の場合は家族の所有であるというのも含めてそう言うのだろう、と勝手に推測している。
余談だが、うちの叔母は、自分の旦那を話題にするにも「バンタガ******(叔父のフルネーム)」と言う。旦那も単独所有でないらしい。

話を戻そう。 どちらにしても、標準語では「わたしの~」と訳される。元々日本語には単数・複数を区別する習慣がないのだ。 たとえば学生時代の友人と会って、自分の職場を話題にする時だって「私の会社でね、…」とは言っても「私たちの会社でね、…」とはあまりいわないだろう。

それではこれは宮古方言独特の表現かといえば、そうではない。 「バガージマヌパナス」を、北琉球方言である「うちなー口」で訳すとこうなるだろう。

「ワッターシマヌハナシ」…ワッター(我達)=私たちの、である。

改めて、沖縄(南部)、宮古、八重山の三つの方言を並べてみる。

「ワッ ター    シマ ヌ ハナシ」(沖 縄) 「バン タ  ガ  スマ ヌ パナス」(宮 古) 「バ     ガー ジマ ヌ パナス」(八重山)
宮古・八重山共通の特徴
「ワ行」→「バ行」の変化。「我(わ)」が「バ」または「バン」となる。
「話」=「パナス」:パ(p)行音(標準語のハ(h)行に対応する)。
沖縄・宮古共通の特徴
先例の通り、所有を表す時の人称代名詞が複数形になる(「ワッター」、「バンタ」)。
宮古・八重山共通の特徴
助詞「ガ」(沖縄方言ではこの位置の助詞が欠落)。
沖縄・八重山共通の特徴
「シマ(沖縄・八重山)」-「スマ sma(宮古)」

と、以上、カタカナ9文字の本のタイトルから展開してみました。

『バガージマヌパナス』
著者の池上永一さんは、那覇で生まれ、少年時代を石垣で過ごしています。
タイトルは八重山方言ですが、ストーリーの中で使われる方言は沖縄本島のものが多い感じがします。八重山方言を殆ど知らないので、断言はできませんが。

しかし、個人的に、普段は、八重山方言は宮古方言より沖縄方言に近いのではないかと思う単語によく出会うのですが、こう見ると宮古方言と沖縄方言の方が近い気がしますね。

そういえば、こんなのもあります。

自分たちの方言をさす言葉として、
沖縄では「ウチナー グチ(沖縄口)」といい、
宮古でも「ミャーク フツ(宮古口)」となりますが、
八重山は「ヤイマ ムニー(八重山物言い)」となるそうです。

「口」が「言葉」の意味を表すのは琉球方言全体の共通要素だと勝手に思っていたので、少し驚きでした。
「物言い」…宮古方言での「ムヌユン」は、「おしゃべり」という意味です。

結局「琉球方言」というのはちっちゃな括りなのでしょうね。
島によって、または地域によって相互理解が不可能なぐらいの違いもあるのに、文法や単語ひとつひとつで見ると分類が分からなくなってしまう。
ちょっとした発音や用法の違いの積み重ねが、全体としての大きな違いになっている。
またそれも、方言の魅力のひとつです。自分の島に限らず、いろんな方言を見て、そして聞いてみたいです。

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